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大阪地方裁判所 昭和37年(行)23号 判決 1967年5月12日

原告 北川信治

被告 国・大阪国税局長・和歌山税務署長

訴訟代理人 樋口哲夫 外三名

主文

一、被告国は原告に対し九万四千二五〇円三六銭を支払え。

二、原告のその余の訴を却下する。

三、訴訟費用中、原告と被告国との間に生じたものは被告国の負担とし、その余は原告の負担とする。

事実

第一、申立

(原告)

「一、原告と被告大阪国税局長との間で、原告が和歌山税務署長の原告に対する昭和二三年二月二〇日付更正決定に対し、同月二五日近畿財務局長宛になした審査請求につき、被告大阪国税局長が何らの応答をなさないことは違法であることを確認する。

二、原告と被告和歌山税務署長との間で、同被告が原告に対しなした原告の二二年度分の所得額を二〇万円とする昭和二七年六月三〇日付再調査決定は無効であることを確認する。

三、被告国は原告に対し、金九万四千二五〇円三六銭を支払え。

四、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに右第三項につき仮執行の宣言。

(被告ら)

―本案前の申立―

「原告の被告和歌山税務署長に対する訴を却下する」との判決。

―本案に対する申立―

「原告の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二、主張

(原告)

―請求の原因―

一、原告は昭和二二年度の製粉業による所得額をゼロとして確定申告をなしたところ、同二三年二月二〇日、被告和歌山税務署長は原告に対し所得額六〇万円との更正決定をなし、右額を基準として金三六万八千二五〇円の所得税を賦課した。

二、原告はこれを不満として昭和二三年二月二五日付で近畿財務局長に対し、被告和歌山税務署長を経由して右更正決定に対する審査請求の申立をなした。

三、ところが被告和歌山税務署長は、昭和二七年六月三〇日付再調査決定名義で、前記六〇万円と更正した原告の所得額を金二〇万円と減額訂正した。

四、前記近畿財務局長およびその権限を承継した被告大阪国税局長は原告のなした前記審査請求の申立に対し、今日に至るも何らの裁決をしない。

五、原告において一記載の更正決定に基く所得税を納付期限たる昭和二三年三月三一日迄に納付しなかつたため、右期限後、被告国は原告所有の動産を差押えこれを四万四千二五〇円三六銭で公売し、また原告は同年八月金五万円を調達して納付した。そして右納付(公売対価額をも含む)は右六〇万円の更正決定に基き課税された所得税額の一部としてのものであるが、これが全額に達せずかつ三記載の再調査決定により所得額が二〇万円と減額訂正されたところから、前記納付金額は、右再調査決定に基く所得額二〇万円を基準とする課税額に充当された。

六、被告大阪国税局長の不作為の違法性

原告が前出審査請求をなした昭和二三年二月二五日当時に施行されていた昭和二二年法律第二七号所得税法四九条、同年勅令第一一〇号所得税法施行規則四七条によると課税処分に対して不服のある納税義務者は、政府に審査の請求をすることができ、審査請求書を処分をなした税務署長を経由して納税地の直轄財務局長に提出しなければならないと定められており、原告は右法令に基き近畿財務局長に対し前出審査請求をなしたものであるが、近畿財務局長およびその権限を承継した被告大阪国税局長は、相当期間を経過した今日に至るも右審査請求に対する裁決をせず、右不作為は実体上違法と評価されるものであるから、右不作為の違法確認を求める。

七、被告和歌山税務署長のなした再調査決定の瑕疵

右被告がなした再調査決定名義による減額訂正処分は、法規の根拠がなく(すなわち再調査の方法は昭和三五年法律第七一号によつて始めて認められたものである)

客観的基準の法定もなく、かつ本件の場合減額の理由も明示せず漫然なされたものであり、減額訂正処分に対する不服申立手続が法律上保障されていないものであつて、結局租税法定主義に照しても、また法治国家における行政行為について各救済手続が法定されていなければならないことからしても許されない違法の処分というべきであり、右瑕疵は重大かつ明白である。まして本件の場合前記被告は右再調査決定名義で減額訂正処分をなすことにより、原告の審査請求に対する近畿財務局長ならびにその権限を承継した被告大阪国税局長の応答を遮断消失せしめたものであり、これは被告和歌山税務署長の明白に違法な権限外の行為というべきである。

八、被告国に対する金員支払請求

被告和歌山税務署長のなした前記再調査決定名義による減額訂正処分は無効であり、元来、原告には昭和二二年度において課税の対象となるべき所得はなかつたのであるから原告より納付をうけ、右無効の再調査決定に基く税額に充当された前出九万四千二五〇円三六銭につき、原告は被告国に対し第一次的に国税通則法五六条による納付金還付請求権に基き、第二次的に民法による不当利得返還請求権に基き、右金員の支払を求める。

―被告らの本案前の申立に対する反駁―

被告らは「本件再調査決定は実質的には本件更正決定の減額訂正処分であり条理上適法になし得るものであつて原告に対し何らの不利益を与えるものでなく、もし、右調査決定が無効であるということになると原告の所得は右調査決定前の本件更正決定にあるとおり金六〇万円ということになり、かえつて原告にとつて不利益な結果となる。したがつて、原告が右再調査決定の無効確認を求める法律上の利益がない」旨主張する。

しかしながら本件再調査決定は単に本件更正決定の一部を取消し減額するという性質のものでなく、従来存した原告の所得を六〇万円とする更正決定の取消と原告の所得額を二〇万円とする新たな課税賦課処分として二つの行政処分たる性格を有するものである。したがつて、本件再調査決定が無効と確認された場合でも、既に取消されて存在しない前記更正決定が有効に復活するいわれはなく、右再調査決定の無効であることの確認を求める訴は原告に不利益をもたらすものではない。原告には昭和二二年度において課税の対象とさるべき所得は存しなかつたのであるから原告は、本件再調査決定すなわち原告の所得額を二〇万円とする課税賦課処分の無効確認を求めるにつき正当な法律上の利益を有するものである。

仮りに、本件再調査決定が被告らのいうように本件更正決定の誤認を訂正して減額するという一の処分であるとしても、後に、再調査決定の無効が確認された場合に前処分たる本件更正決定が当然に復活するということにはならない。蓋し、一事不再理の原則ならびに行政行為の確一性の要請により、相手方(行政行為の名宛人)に業務を負担せしめる行政行為がその後相手方の利益に変更された場合において当該変更処分たる行政行為が後に取消され或は無効となつたとしても、変更前の行政行為が相手方に不利益に復活することはないというべきだからである。換言すれば人民の既得の権利、利益を侵害する行政行為の取消、撤回は認められないからである。

仮りに、前行政行為たる更正決定が復活するとしても、右決定に基く課税徴収権は既に時効消滅しているから、右更正決定の復活により原告は納税義務を負うという不利益をうけず、従つて訴の利益を欠かない。

―被告らの本案についての主張に対する反駁―

一、審査請求の黙示の取下ないし失効の主張について

被告らは、審査請求の時から三ケ月を経過しておれば抗告訴訟を提起し得るのに原告は何らそのような訴を提起せず長期間放置していたのだから原告の本件審査請求は黙示の意思表示により取下られたか失効の原則により失効したというべきであると主張するが、原告は、そのように審査請求の時から三ケ月を経過しておれば抗告訴訟を提起し得るということは全く知らなかつた。これは、当時施行されていた昭和二二年法律第二七号所得税法にはそのような訴を提起できる旨の規定がなく、また、旧行政事件訴訟特例法第二条但書の規定も存在しなかつた(同法は昭和二三年七月一五日から施行されており、原告が本件審査請求をなした同年二月二五日から三ケ月後の五月頃には未だ施行されていない)ことからみて無理もないことである。したがつて、そのような法的救済手段の知悉を前提とする黙示の取下は考えられない。

また、権利失効の原則により失効するということも同様考えられない。蓋し、この原則も請求権、救済手段の行使を知悉し何時でも行使しうる状態にありながら行使を怠つ場合のみに適用を認め得るものだからである。

二、納付金還付請求権の消滅時効の主張について

右主張は争うが、仮りに、被告らのいうように国税通則法に基く納付金還付請求権が時効により消滅しているとしても、原告は第二次的に民法上の不当利得返還請求権に基き前記金員の支払を求めているのであり、右権利は本訴提起時には未だ時効消滅していないのであるから、原告の本訴金員支払の請求は正当であり、認容さるべきものである。

(被告ら)

―再調査決定無効確認請求についての本案前の申立の理由―

原告主張の如き再調査決定がなされたことは否認するが、仮りに、右処分がなされたとすれば、該処分は再調査決定という形式でなされているが、実質的にはいわゆる減額訂正処分と解すべきものである。しかして、減額訂正処分は条理上適法になし得るものと解されるところで、その性質は既になされた更正決定に誤りがあるとしてこれを減額する処分であり、既往の更正決定は減額訂正処分によつて当然効力を失うものではなく、単に減額されるに止まり減額されない部分については、従前のとおり効力を有するものである。したがつて、右処分は相手方に有利となりこそすれ、それによつて何ら不利益を与えるものではなく、本件の場合、右再調査決定による減額訂正により原告の所得額は六〇万円から二〇万円に減額され、原告は減額分だけ利益を得たわけであり何ら不利益を蒙つていない。

もし、本件再調査決定が無効ということになれば、既往の本件更正決定は減額されないことになるから、原告の所得額は六〇万円ということになり、かえつて、原告に不利益な結果を招来するわけである。このことは、本件再調査決定の性質が既往の本件更正決定の効力を当然に失わしめるものであるとしても変りがない。すなわち、既往の更正決定が減額訂正処分によつて自然消滅するのは、当該減額訂正処分が法定の要件を具備し、かつ、有効にその成立をみた場合に限られるのであるから、もし、本件再調査決定が原告の主張するとおり無効とすれば、右理由からして既往の六〇万円の本件更正決定が自然消滅するいわれがなくなるからである。

以上、いずれにしても、原告は本件再調査決定の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有しないものというべく、原告の右請求は不適法として却下さるべきである。

―本案に対する答弁および主張―

一、原告主張の請求原因事実は全て否認する。

二、被告大阪国税局長の不作為違法確認の請求について、

(1) 審査請求の不存在

原告主張の如く本件更正決定がなされたか否かはともかくとして、原告がその主張のような審査請求をした事実はないのであるから、被告大阪国税局長が原告に対し審査の決定をしていないとしても何ら違法といわれる筋合いはない。

(2) 黙示の取下

仮りに、原告がその主張の如く本件審査請求をなしていたとしても、該審査請求については黙示の取下げがなされたものというべきであるから、原告の右請求は理由がない。すなわち、原告が右審査請求をしたのは昭和二三年二月二五日であるというのであるから、これに対し審査庁よりなんらの応答がなされない場合には三ケ月経過後はいつでも原処分の取消訴訟を提起し得たのである(旧行政事件訴訟特例法第二条但書)。しかるに、原告は審査庁より何らの応答がないのに何ら必要な措置もとらず、それより一四年を経過した昭和三七年五月六日に至つて始めて本訴を提起したのである。このように審査請求後長期間何らの措置もとらずに放置した場合には、暗黙のうちに当該審査請求を取下げたものとみるのが吾人の常識に合致する。

(3) 審査請求権の失効

仮りに、しからずとしても、右のように審査請求後長期間何らの措置もとらず放置されているような場合には、当該審査請求に対して審査庁の応答を求める権利は、権利失効の原則によつて失効したものと解すべきであるから、この点からしても原告の被告大阪国税局長に対する訴は理由がない。

三、本件再調査決定の無効確認請求について

原告の主張する本件再調査決定の無効原因は、要するに、本件更正決定について原告がなした審査請求に対しては審査庁による審査決定が行われず、審査請求後に原処分庁である被告和歌山税務署長が再調査決定名義の減額訂正処分を行なつたが、右訂正処分は法令に根拠のない違法、無効のものであるというに尽きている。しかし、

(1) 仮りに、被告和歌山税務署長が原告の主張するような再調査決定という形式で、減額訂正処分を行つたとしても、同署長は原処分庁として課税処分の減額訂正処分を条理上適法に行うことができるのであるから、その処分の形式のいかん問わず、それが実質的に減額訂正処分と解されるのである限り、その処分は適法なものである。そして、本件再調査決定は、原告の主張自体から考えても、十二分に減額訂正処分と解し得るものであるから、到底無効とはいえない。

(2) なお、仮りに、原告の主張するように、原告のなした本件審査請求に対し審査庁が決定を行わなかつたとしても、前述の如く審査請求後三ケ月を経た後はいつでも原処分の取消訴訟を起こせたのであるから、何ら司法救済の道を阻止したことにならず、このことから、当然に被告和歌山税務署長のなした本件再調査決定が無効に帰してしまういわれはない。

以上の次第で、本件再調査決定の無効確認の請求は、主張自体において失当なものというべきである。

四、金員の支払請求について

(1) 前項で述べたように、再調査決定名義の減額訂正処分が無効でない以上、その無効を前提とする納付税金の還付請求ないし不当利得返還請求は、既にその前提を欠きその余の点について審理、判断するまでもなく理由がないことが明らかである。のみならず、前述の如く、本件再調査決定が無効となれば既往の本件更正決定は減額訂正のされない状態で効力を有することになるのであるから、原告の金員支払の請求はこの点からしても主張自体失当というべきである。

(2) 仮りに、原告がその主張の如く納付税金の還付請求権を有していたとしても、右還付請求権は既に時効により消滅している。すなわち、公法上の権利義務の早期安定を図る趣旨から、国を当事者とする公法上の金銭債権は、国が私人に対して有するものであると、私人が国に対して有するものであるとわ問わず、五年間これを行わないときは時効により絶対的に消滅する(会計法第三〇条ないし三一条)。そして、租税に関して納税義務者が国に対して有する債権たる過誤納税金等の還付請求権の時効起算日は、納税義務者が権利を行使し得るときすなわち過誤納税金等の確定される減額訂正処分等のあつた日の翌日である。

したがつて、本件の場合も、仮りに、原告主張のような本件再調査決定があり、当該処分が無効なため原告が国に対し納付税金の還付請求権を得たとしても、原告は昭和二三年中に九万四二五〇円三六銭の税額を納付したというのであるから、原告の右還付請求権は、遅くとも右再調査決定のあつた昭和二七年六月三〇日の翌日から起算して五年を経過する昭和三二年六月三〇日には時効により消滅する。したがつて、それ以後においては、もはや原告は国に対して還付請求権を行使し得なくなると解すべきである。

しかるところ、原告が本訴を提起したのは昭和三七年五月六日であり、原告の国に対する還付請求権が時効により消滅した後であるから、原告の右請求は理由がなく、失当である。

第三、証拠<省略>

理由

一、課税処分およびこれに対する原告の不服申立

いずれも成立につき争いのない甲第六号証と乙第一号証の二、原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨により原本の存在およびその成立を認むべき甲第一号証、官署作成部分につき争いがなくその余の部分については原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨により成立を認むべき甲第二号証、証人広嶋章、同太田請一の各証言、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、

(1)  原告は昭和二〇年ごろから和歌山市において製粉業を営んでいたものであるが、昭和二二年度の所得税の確定申告につき所得を零として申告したところ、被告和歌山税務署長は同二三年二月二〇日ごろ原告の同二二年度の所得を六〇万円とする旨の更正決定をなし、その旨原告に通知したこと

(2)  これを不服とした原告は、同月二五日ごろ、右決定の所得額の認定に対しては不服がある旨記載し名宛人を近畿財務局長とした書面を被告和歌山税務署長に宛て普通郵便で発送したこと

(3)  その後右原告の不服申立については近畿財務局長ないしその権限を承継した被告大阪国税局長からは格別の応答はなされなかつたが、昭和二七年六月六月三〇日ごろ、被告和歌山税務署長は、原告の昭和二二年度の所得額を二〇万円とする旨の再調査決定をなし、原告に対しその旨の通知書を送付したこと以上の事実が認められる。

二、審査請求に対する不作為違法確認の請求について

(一)  審査請求の存在とその適法性

まず、原告の前記不服申立が前記更正決定に対する審査請求として適法なものであつたかどうかの点につき検討するに、昭和二三年当時は、所得の更正決定等に対して不服のある納税義務者はその通知をうけた日から一カ月以内に不服の事由を具して政府に審査の請求をすることができ(昭和二二年法律第二七号所得税法第四九条)、審査請求書は処分をなした税務署長を経由して納税地の所轄財務局長に提出すべきものとされていたのであるが(昭和二二年勅令第一一〇号所得税法施行規則第四七条)、所得の更正決定に対する行政上の不服申立としては、右の所轄財務局長に対する審査請求が唯一の手段であつたのでありその書式に関しては格別の制限はなかつたのであるから、処分庁たる税務署長にその文面からみて更正決定に対する不服申立であることが認められ一応不服の事由を窺うに足る文書の提出があれば適法な審査請求があつたものと解すべきである。したがつて、前認定の如き書面によつてなされた原告の不服申立は前記更正決定に対する審査請求として適式なものであつたと認めるのが相当である。そして、右書面が普通郵便により発送されたことは前示のとおりでありその宛先は同一市内にあつたのであるから、到達に関し疑惑を起こさせるような特別の事情の認められない本件においては、右不服申立の書面はそのころ被告和歌山税務署長に送達されたものと推認するのが相当である。そうだとすれば原告の前記不服申立は適法な審査請求であつたといわねばならない。

(二)  審査請求の取下および失効について

しかるところ、被告らは、たとえ原告からその主張の如き審査請求がなされていたにしても原告はその後右審査請求に対して何ら応答がないのに新らたに訴を提起することもせず十数年間も放置していたのであるから、右審査請求は黙示の意思表示により取下られたか、失効の原則により失効したというべきであると主張する。よつて、右主張につき判断するに、原告が前記審査請求をなした昭和二三年二月当時においては審査の決定を経た後でなければ更正決定に関する訴は提起できないものとされていたのであり(昭和二二年法律第二七号所得税法第五一条)、その後、行政事件訴訟特例法の制定により前記審査請求より三ケ月以上を経過しても応答がないときは審査の決定を経ずして訴を提起することが可能になつたにしても(同法第二条、附則第二項)、原告としてはすでに唯一の行政上の不服申立手段であつた審査請求によつてその不服を訴ていたものであり、これに対しては、本来近畿財務局長ないし被告大阪国税局長においてすみやかに何らかの応答をなすべき立場にあつたのであるから、その後原告が前記請求に対する応答を要求する意思を失つたものと推認すべき特段の事情があれば格別、そのような事情の認められない本件においては、たとえ、原告が、右審査請求とは別個の法的救済手段たる訴訟を提起しなかつたとしても、直ちに、右審査請求が黙示の意思表示により取下られたとか、失効の原則により失効したものと認めることはできない。

(三)  しかしながら、原告が本件再審査請求によつて達成しようとする目的は、結局原告においてその主張の期日中全然所得がなかつたものとしてさきの更正決定の全部取消の応答を求めようとするにあるところ、かりに原告が目指す行政庁から審査請求に対する応答を得たとしても、必ずしも原告の満足を得るものとは期待し難く、あるいは一部取消かまたは全請求の排斥でさえありうるのであるから、原告の目指す行政庁からではなく原処分庁からのものといえ、本件審査請求後になされた原処分の再調査決定名義による有効(後記三(二)参照)な一部取消の減額処分により、原告の本件審査請求は一応その目的を達成したに近いものといわねばならず、また原告は本訴において、最終的に、当初の更正決定及びこれと一体をなすものと認められる右再調査決定による減額処分の無効をも主張し、これを原因として納付金返還の給付請求訴訟を提起し、これにより一切を解決しようとしているものと認められる以上、右審査請求の調査の対象事実も、本訴給付請求訴訟の当否の前提問題として当然審査の対象となるものであるから、右給付請求とは別に、独立して本件不作為違法確認請求を認める利益はないものというべく、従つて原告の同請求は却下を免れ得ない。

三、再調査決定無効確認の請求について

(一)  原告は、被告和歌山税務署長に対し本件再調査決定の無効確認を求めるが、右請求は昭和三九年六月一八日の本訴準備手続期日において従来の被告国に対する請求を変更、追加して提起されたものであり新訴の提起と認むべきものであるから、行政事件訴訟法第三六条の適用を受くべきものと解されるところ、同条によれば行政処分等の無効確認の訴はその無効確認を求めるにつき法律上の利益を有し、かつ、その処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつてはその目的を達し得ない場合に限り許されるものであることが明らかである。

しかるところ、原告は、右再調査決定の無効確認とともに、その無効なことを理由として被告国に対し既に納付した金員の返還を請求しているものであり、このような場合原告としては、あえて右再調査決定の無効確認を求めるまでもなく、現在の法律関係に関する訴である右金員支払の請求によつてその目的を達し得るものと解されるから、右無効確認の請求は、前掲法条に違反する不適法なものといわざるを得ない。

(二)  のみならず、本件再調査決定は、処分庁たる被告和歌山税務署長が先になした更正決定の誤謬を認めて原告の所得を六〇万円から二〇万円に任意減額したものであるから、それ自体は原告に対し新たな不利益を与えるものでなく、その実質はいわゆる減額訂正処分であつて、前記更正決定の一部取消にほかならず、右更正処分と一体をなし当初から右のように減額訂正された内容の更正処分があつたと同様の効果を生ずるものと解され、それ自体は、独立の行政処分たる性格を有しないものと認めるのが相当である。本件再調査決定が右の如き性質のものであるとすればかかる処分自体を法令に根拠のないものであるからといつて当然に違法、無効なものとは言えず、また、それ自身は独立の行政処分たる性格を有しないのであるから、独立して不服申立の対象となり得ないものであり、原告の本件再調査決定無効確認の請求はこの点からするも不適法として却下を免れないものである。

四、金員の支払請求について、

(一)  所得税の一部納付

原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、原告は本件六〇万円の更正決定に基く所得税を納付期限迄に納付しなかつたところ、その所有動産の差押を受けたので、昭和二三年八月ごろ一応右決定に基く所得税の一部として五万円を納付したが、なお残額未払につき右差押動産を公売に付され、右公売代金四万四二五〇円三六銭は右所得税に充当され、結局、原告は、昭和二二年度の所得税の一部として同二三年中に合計九万四二五〇円三六銭を納付したことになつたものと認められる。

(二)  課税処分の無効

(1)  ところで、右更正決定が後に再調査決定名義の処分により減額訂正されたことは前出のとおりであるところ、原告は右再調査決定自身一個の課税処分たる性格を有するものであるとし、その無効を理由として前記納付金の返還を求めるのであるが、右再調査決定自身独立の行政処分たる性質を有するものでなく原更正決定の一部を取消しこれと一体となるものにすぎないと解すべきことは前述のとおりであり、結局、原告の昭和二二年度の所得に対する課税は、前示の如く当初所得額を六〇万円とした更正決定を後に再調査決定名義の減額訂正処分により所得額を二〇万円に減額するという形式で決定されたものといわねばならない。そして、昭和二二年度の原告の所得に対する課税処分が右の如き形式でなされたものと解するときは、原告の本件再調査決定の無効を理由とする金員の返還請求の趣旨には、右の如き形式の課税処分の無効を理由として納付金の返還を請求する趣旨を含むものと解するのが相当である。蓋し、本件訴状の記載によれば、原告は本訴提起当初から昭和二二年度においては課税の対象となるべき所得は全く存しなかつたことを理由に被告和歌山税務署長のなした課税処分の違法、無効なることを主張しており、原告の右請求の本旨は、昭和二二年度の所得税の賦課処分の無効を理由に前記納付金の返還を求めるにあると解されるからである。

(2)  そこで進んで、右の如き意味において、被告和歌山税務署長のなした課税処分(本件再調査決定により減額された本件更正決定)の有効、無効につき検討するに、証人太田の証言により成立の認められる甲第七号証、右証人太田および原告本人の各供述に弁論の全趣旨を合わせると、原告は、昭和二二年当時七、八人の従業員を使用し農林省の指定をうけて玄麦の委託加工を主たる営業としていたものであるが、右加工賃は物価制令の適用をうけるものであり、原告の昭和二二年一月から九月までの右営業による収支は、(イ)収入額、二九万三五二七円三三銭、(ニ)支出額、二八万三〇七三円三七銭、(ハ)差引利益、一万四五三円九六銭、(ニ)前期繰越欠損金二万四四〇三円五一銭、(ホ)差引損失一万三九四九円五五銭であつたと認められ、他に原告の同年中の所得を推認せしめる証拠はない。

しかるところ、被告和歌山税務署長は当初、原告の同年中の所得を六〇万円と更正決定したものであるが、右認定額が原告の実所得を全く無視したものかあるいはこれに比して甚しく過大なものであることは明らかであり、その故に、同被告も後に右決定の誤謬を認め昭和二七年六月三〇日前記の如く再調査決定名義で原告の認定所得を大幅に減額し二〇万円と訂正したものと推認されるのであるが、原告の所得を二〇万円と認定したことについての認定理由ないし根拠については全く明らかにされておらず、しかも、右減額訂正された二〇万円も先に認定した原告の実際の所得からすればなおこれを著しく上廻る過大なものというに妨げない。

(3)  しかして、このように存在しない所得を存在するとし、あるいは実際の収入以上の所得を認定してなされた課税処分は、本来違法なものであり、いかに所得の認定が事実関係を調査してはじめて判明するものであるにしても、本件の如く認定された所得が実際の所得を全く無視したものであるが、それよりも甚しく過大でありかつ認定所得の算出ないし推計の理由ないしその根拠となるべき事実が全く明らかにされず、当初の更正決定から五年余の長期間を経た後に大幅の減額訂正処分がなされたことについても首肯するに足る理由―例えば、原告が所得を仮装隠敝し調査を妨害していたというような―の認められないような場合には、当該課税処分の瑕疵は重大かつ明白であり、当該処分を当然無効ならしめるものと解するのが相当である。

(4)  そうだとすると、他に特段の事情の認められない本件においては、被告国は原告の前記納付金を保有し得べき理由はなく、原告は被告国に対し右金員の返還を請求しうべき立場にあるといわねばならない。

しかるところ、原告は第一次的に国税通則法第五六条による還付請求権に基き右金員の支払を請求するというのであるが、原告が前記納付金を納めた昭和二三年当時は、いまだ国税通則法は制定施行されておらず、原告の右金員の返還請求については国税通則法の適用を認むべき理由はない。

しかし、昭和二三年当時、前示の如き無効な課税処分に基く利得(納付金)の返還につき、その法律関係を完全に規定した法令換言すれば不当利得の一般規定の適用を排除しこれに代るべき請求権を規定したとまで解すべき法令も存しないのであるから、原告は被告国に対し不当利得返還請求権に基き前記納付金の返還を求め得るものと解するのが相当である。

(二)  消滅時効について

被告国の援用する会計法第三〇ないし三一条の規定は金銭の給付を目的とする公法上の債権につき消滅時効を定めたものであるところ、公法上の行為に由来する不当利得の返還請求権を公法上の債権と解するか私法上の債権と認めるかについては見解の分れるところであろうが、本件の如く当然無効な行為に基因する不当利得の返還還請求権については民法上の権利であると解するのが相当である。したがつて、これについては会計法第三〇ないし三一条の適用はなく、その適用を前提とする被告国の時効の抗弁は採用し得ない。

四、結論

以上によれば、原告の本訴請求中、被告国に対する不当利得返還請求権に基く金員支払の請求は、正当として認容さるべきであるが、その余の訴又は請求はいずれも不適法として却下を免れない。よつて、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言の申立については相当でないものと認めてこれを却下する。

(裁判官 亀井左取 今枝孟 上野茂)

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